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石花洞

1:鍾乳洞入口

2:ポイントと驚いたこと

●仙人がチェスをしている
●鏡池
●鯉魚の尾びれと旗
●カーテン
●鍾乳石の上にできた水溜り
●くらげの連鎖
●滝
●月乳石
●溶岩?? 
●タテの堆積
●年輪

3:鍾乳洞出口


1:鍾乳洞入口

 「穴」といえば、風穴や氷穴には入ったことがあるが、鍾乳洞には入ったことがない。私がイメージする鍾乳洞は、真っ暗な洞穴の中で、ツルツルの乳白色の石が、上から垂れ下がり、下からも伸びている。そして、所によっては池があったりする。…さて、実物はどうだろうか。

 入場券を買って、門をくぐると、門の裏側に案内嬢の顔写真が並んでいるのが不思議だった。階段を昇ると、想像以上に小さな入り口が開いている。一人ずつしか通れないくらいの、細い入り口。
 中に入ると、突然真っ暗になる。照明がついているのだが、明るい所から急に暗いところに入ったということもあって、役に立っていない。(案内嬢は、ちゃんと懐中電灯を持っていた。)緑や紫のライトが、鍾乳石を照らしている。白熱灯ではない所が、私のイメージと大分違う。とても、仰々しくてあまり好きな照明ではない。鍾乳石自体の雰囲気を壊しているように思う。中国好みの配色なのだろうか。(思えば宿屋も、仰々しい派手さがあった。)
 恐る恐る階段を下り、これまた非常に小さなエントランスホールで説明開始。説明の主な内容は、以下の2つ。

  ○この洞窟は、お坊さんによって発見された。
  ○この洞窟は非常に広く(長く)、今のところ7つのフロア(床)が見つかっている。

 この後、細かく長く急な階段やとても高く足場の悪い観察ポイントなど、気の弛められない観察を行なった。あまりの怖さで、一体どういう順番で観察していったのか、書く間もなければ覚えているヒマもなかった。また、洞窟内の写真撮影は禁じられており、初めの方以外の写真は撮れなかった。そのため、どんな鍾乳石あるいは観察ポイントがあったのかを、次に箇条書きする。

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2:ポイントと驚いたこと

チェスをする仙人 鏡池 鯉魚の尾びれ
チェスをする仙人 鏡池 鯉魚の尾びれ

●仙人がチェスをしている

 暗闇の奥の方に、確かに2人の人が机を挟んで座っている。見るより前に説明を聞いてしまったためか、それは仙人あるいは老人のように見える。また、やっていることも将棋かチェスかのように見える。もし、説明ナシであの石筍を見たとしたら、私は仙人を老人を見ることができただろうか。

●鏡池

 急な階段を下りた所だったと思う。黒い池に異様な形の石柱が映っている。上下に底なしに伸びる石柱は、その形こそ異様だが、息を呑む美しさがあった。明鏡・止水が一体化したこの鏡池は、精神的な美のカタチを示していた。形が美しくて惹かれることは普通にあることだが、このような「妙」を目の当たりにするとは思っていなかった。面白い、そして美しい。

●鯉魚の尾びれと旗

 鯉魚は、日本の「鯉」ではなくて「鯰」にあたるのだったと思うが、ここで見た「鯉魚の尾びれ」は日本の「鯉」の尾びれに見えた。また、同じように上から旗のような形でぶら下がっている鍾乳石があった。とても高い天井の近くまで登っての観察だった。

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●カーテン

 「石のカーテン」と名の付く鍾乳石は、確かにカーテンのようであるが、私はオーロラを見るような心地だった。家にある決まった幅で折り目のついたカーテンではなく、「カーテン」とも称される「オーロラ」の、あの不規則に、自由な幅で揺れ動く姿のほうが、似ていると思う。

●鍾乳石の上にできた水溜り

 上から垂れ下がっていたはずの鍾乳石が、折れて下に落ちていることは少なくない。そんな折れた鍾乳石の付け根の所に水が溜まった痕跡(水平に層をなした沈殿物が、鍾乳石の付け根の所に溜まっている)がある。暗い上に少し遠いので、視力が弱い私にはさっぱり見えないのだが、どうも溜まっているらしかった。

●くらげの連鎖

 石柱は、ただ真っ直ぐに降りてきた鍾乳石が地面にくっついたようなものもあるが、造形として面白いのは、何匹ものクラゲが縦に繋がっているような石柱であった。「膨らんではしぼみ、膨らんではしぼみ」を繰り返しており、そのしぼんでいる所が筋状に、あたかもクラゲの足のようなのである。一本折って持って帰りたくなる、かわいらしい石柱だった。

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●滝

 滝なのか、滝のように見える岩なのか、どちらともつかないポイントがあった。「斜面では、(垂れてきた)水が流れてしまうから、鍾乳石も石筍もできない」と大森先生。つまり、引っかかりがなければ上から鍾乳石は垂れて来ず、斜めになっていてもそれを伝って水が流れてしまうから鍾乳石も石筍も発達できないのである。そんな鍾乳石も石筍もできない代わりに水が川あるいは滝のように流れている様が、所々に見られる。川・滝の水面が岩や地形の影響で筋を作るように、見事な岩筋が、まさに岩河・岩滝の絶景を演出している。静かな水の足跡が、しぶきをあげている。

●月乳石

 鍾乳洞を造っている岩の成分のほとんどは、炭酸カルシウムが主だが、マグネシウムを含んだ月乳石というのがある。潰れ気味の半球が床にくっついているような感じである。それも、観察ポイントではいくつもの半球が敷き詰められている。

●溶岩??

 伊豆巡検や富士山巡検などの時に見た、溶岩の形状を思い出させる光景があった。まず、ガサガサしている表面の様。溶岩にも、ガサガサしているところとツルツルしているところがある。鍾乳洞を作っている石は皆ツルツルなのだろうと思っていただけに、ガサガサの石に触った時は変な感じがした。他には、縄状溶岩とよく似た、縄が幾重にもうねっているような床があった。触り心地は、やはりガサガサである。
 巡検終了後に大森先生から戴いた資料によれば、「表面が滑らかなものが“ケーブ・パール”、がさがさしているのが“ケーブ・ピソライト”」だそうである。

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 各ポイントごとのメモは以上であるが、この他に鍾乳洞について驚いたことを下に記す。

●タテの堆積

 あたりまえのことかもしれない。鍾乳石や石筍は、堆積物だ。「堆積」というと、いつもは海の底で起きている作用だと思っていた。だが、鍾乳石も石筍も、その他洞窟で生成される様々な形態の生成物も、「堆積物」である。よって、鍾乳洞の中では、二つの堆積の模様が見られる。上から落ちてくる水でできた池のような箇所で「水平の堆積」が見られ、鍾乳石や石筍などの「タテの堆積」も見ることができるのである。「タテの堆積」…何ともわかりやすい名だが、今まで考えたことのなかった「堆積」のあり方だった。

●年輪

 前項で「タテの堆積」について書いたが、堆積するからには「層」ができる。その「層」が、鍾乳石・石筍の成長の速度を計るものさしになるのだが、言い換えれば「層」は「年輪」である。成長の速度を計り、「層」を追っていくと、その鍾乳石・石筍がどのくらい前に伸び始めたのかがわかる。樹木の生い立ちが「年輪」によってわかるのと、全く同じである。そして、これは鍾乳石・石筍に限ったことではない。私が今までにClubGEOで見てきたあらゆる場所の「層」は、「地球の年輪」に他ならない。樹木も地球も、絶え間なく自分の歴史を刻んでいる。樹木と地球は自分がどういう環境の中で生きてきたのかを記しつづける。私も、絶え間なく生きているが、他者によって生かされていることを思い、自分の生のあり方を省みることはあっても、修行の足りない私は、まだ、全ての時間をその思いだけで生きられていない。自分の生が、他者によってあることを人間よりも先に知っていたのは、樹木であり、樹木を生やす地球であるのかもしれない。

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3:鍾乳洞出口

 鍾乳洞の終点から、地上の出口まではなだらかな上りがずっと続く。道の両脇には、海外の鍾乳洞のパネルが延々と貼られている。しばし外国の中国名を学ぶ時間となる。
 地上出口の所には、石を使った置物や健康器具などの土産品を売っていた。数人の方が土産物を買った後、外に出ると、今度は土産物屋が建ち並ぶ道路であった。盧溝橋の所にも露天商があった。日本でも、鎌倉や京都、長崎などのいわゆる観光地で、このような露天商が立ち並んでいる。だが、中国まで来て、このような露天商を見るとは思わなかった。また、ここでびっくりしたことは、その露天商で、フズリナの化石が詰まった石が、手のひらに乗る大きさの玉に加工されて売られていたこと。呉先生の値引き交渉の甲斐あって、高橋さんと前田くんが言い値の半分で購入。確かに、面白い玉ではあるのだけれど、びっくりしたのだけれど、私は露天商の憂愁から逃れることはできなかった。

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