周口店
(北京市房山区周口店)

周口店の街並み(竜骨山の上より)
北京の西南約50公里(公里=km)にある周口店の竜骨山は、北京原人(ホモ=エレクトゥス=ペキネンシス)が発掘された場所(猿人洞)がある。登呂遺跡や三内丸山遺跡のように平らな場所で出たのではなく、山の上から遺跡が出たことにまず驚いた。それも、かなり急な斜面に開いた洞窟から出ている。南側には周口店の街並みが一望でき、気持ちが清々する。日当たりも良好である。
北京原人は、入り口の「周口店遺址」看板によれば「50万年前の古人」であるが、私が世界史で聞いた年代は23万年前くらいだった。その差は27万年あるが、地球の御年からすれば、たいした差でもないだろう。ただ、重要なのは、彼ら原人(ホモ=エレクトゥス)は、私たち新人(ホモ=サピエンス=サピエンス)の祖先ではないということである。大森先生いわく、原人を新人の亜種にするのか、全く別の科にするのかは、未だに議論のあるところだとのこと。
博物館前の小さな広場には、黄金に輝く北京原人の模型が飾られている。頬骨が非常に高く、顎がほとんど目立たない。眉の下の骨(眉梁)がサルのように出っ張り、鼻の下も長い。河童のイメージに似ている。博物館内の実物模型を見ると、私たちの頭部より2回りほど小さいように思う。(原人の脳の容量は800〜1400cc。新人は1400〜1800cc。)
また、同じ広場の中に、化石などが出てきた母岩がいくつか展示されている。北京原人は洞窟の中で見つかったわけだが、洞窟の内側の壁が崩れて埋まったので、母岩は礫岩である。
「周口店遺址博物館」では、北京原人が出た場所はもちろん、その他の化石が発掘された場所や発掘史、当時の調査道具などが展示解説されている。
中でも気になったのは、石器。打製石器がほとんどだが、磨製石器ほどではないがツルツルと磨かれたような石器も展示されている。「北京原人に丸い綺麗な形をしたものを美しいと感じる美的センスがあった?!」(小出さん)という想像力も働く。今私たちが持っている「美的感覚」「芸術的感覚」は、一体いつ頃から芽生えたものなのだろうか。芸術をはじめとした文化が花開くためには、安定した生活環境が必要である。もちろん、北京原人が生きていた環境は今の私たちに比べればサーベルタイガーやハイエナなどの外敵も多く、安全性は低いだろう。だが、彼らが外敵から身を守ることができる洞窟の中で生活するとき、そこでは安全が確保される。実用性を求めて作られた石器に、「綺麗さ」「美しさ」が求められるようになったとしても、不思議ではない。サルと新人の間に、進化の一形態として現われた原人が、美的感覚を持っていたとしたら、進化のどの段階で、どういった状況で「芸術」が発生したのかを解く鍵になるのかもしれない。
石器の他には、人以外の化石(サーベルタイガーやハイエナや魚類など)の展示もあった。最後のブースで展示されていたオオツノシカの模型は、私たちがイメージしている2本角のシカではなく三本角のシカであった。普通に2本生えている他に、第3の角が、額あたりに、しかも横向きに生えている。邪魔そうな生え方だ。大森先生の解説によると、第3の角はお嫁さんを得るための飾りの角だとか。雌オオツノシカ第3の角のカッコ良さで旦那を選んでいたのだろうか。それにしても、変な感じの角だった。
もちろん説明書きは全て中国語なのだが、古屋さんが発見したのは"Peking Man"という表記。「北京」は、現代中国語(北京語)の発音を英字で表記する場合"Beijing"となる。日本人は「ペキン」と呼ぶが、これは17世紀(明末〜清初)頃の音である。が、遺跡のどこを見ても、英語表記では"Peking Man"・・・中国では、日本の方言とは比べものにならないくらい地域ごとに発音の差異があることは有名だ。この場合は、17世紀の音が周圏的に伝わって、ちょっと田舎の周口店ではまだ残っているといった感じだろうか。私たちも北京からここまで、山がちな場所を通っては来たが、ほんの50km離れただけで3世紀前の発音が残っているようである。
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| 山頂洞の入り口 |
北京原人とは別の「山頂洞人」が発掘された洞窟が猿人洞の上にある。山頂洞人は、いわゆる周口店上洞人のことで、私たちの祖先にあたる新人である。博物館内にも北京原人の次のブースに模型と解説があったが、頭の大きさは原人よりも大きく、ほとんど私たちと同じくらい。
しかし、北京原人が生きていた時代から19万年ほど後の山頂洞人が、北京原人と同じ竜骨山に住みついたのだろうか。山頂洞は、周口店の街が一望でき、日当たりもいい。周口店の街の中には川(琉璃河)も流れていて、水には不自由しないだろう。何万年経っても、洞窟暮らしの人間にとって竜骨山は住み良い土地だったのだろうか。
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| 猿人洞の入り口 | 猿人洞の中 | 猿人洞に積もった礫層 | 猿人洞の礫層の解説版 |
山頂洞からいくつかの発掘跡を巡って歩くと、入り口と博物館の中間地点にある猿人洞の横穴に出る。はじめに出会った横穴は、調査のために開けられたもので、実際の洞窟の穴はもう1つの入り口(猿人洞の壁面が見える入り口)の方向にあったそうである。
「猿人洞」と岩肌に赤い字で彫られている所の下には大きな解説版が立っている。右手にある露頭(洞窟に溜まっていた堆積物)の図と各層の説明がなされている。全部で13層分が見られる。漢字ばかりであるが、「化石」「角礫岩」などに混じって4層・8〜9層の所に「灰層」(火を使った痕跡)や、3層や11層に頭蓋骨が入っていたことなどが、英語とあわせて読むとわかる。露頭には番号札がついていて、看板を見ながら理解できるようになっている。左手には、先ほど通った調査用の穴が開いている。その穴の右側には、看板の右側の露頭(下右の写真)よりもわかりやすく、"Ash
Layer(灰の層)"の看板が掲げてあり、その下に灰色の層が見える。(下左の写真)
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| 猿人洞左奥の灰層(解説板付き) | 灰層 その2 |