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1_13 予測:未来を調べる
▼1 未来とは
1 未来とは
未来とは、まだ、きてないものや、できごと、現象(げんしょう)のことです。時間の流れでいえば、現在より先のことになります。
今日からみて、「明日」は、たとえば、それは、時間の絶対軸に置き換えると、つまり日付でいうと2002年11月1日となります。時間の流れは、連続していますので、何時間かすると、その「未来」は、やがて「現在」となり、さらにそれは「過去」になります。
私たちの「未来」には、
・「やがて現在になる未来」
と、
・「永遠に未来でありつづける未来」
があるわけです。
そのれいをいくつかあげてみましょう。「やがて現在になる未来」としては、
2002年7月13日
卒業している自分
今から10年後の自分
死ぬ間際の自分
果たせなかった夢
があります。
また、「永遠に未来でありつづける未来」には、
明日
夢を追いかけている自分
理想の自分
があります。
「永遠に未来でありつづける未来」は、科学的に探ることは難しいくなります。しかし、「やがて現在になる未来」は、検証することができます。なにしろ、やがて手の届く、現在になるんどえすから。
2つの未来は、どちらがあつかいやすいでしょうか。もちろん、「やがて現在になる未来」です。しかし、どちらに魅力(みりょく)を感じるでしょうか。もちろん、「永遠に未来でありつづける未来」ではないでしょうか。
2 未来予測は可能か
未来の予測(よそく)は、できるでしょうか。もちろん、科学的に予測できることもあります。
予測できるものとしては、過去そして現在も一定のスピードなどで、測(は)かることできる状態で進んでいるものごとで、未来もその状態がつづく可能性が高いとき、未来予測は可能です。
このような科学的な裏づけにもとづいた未来予測は、なさけようしゃなく、非常に厳しいものであることもあります。
それが、もし、自分や家族、人類にとって、つらくてたえがたいものであったら、なんとか、現在から、その未来、つまり危機(きき)をさける方法を考える必要がでてきます。
たとえば、未来予測で、「死」は、比較的予測しやすいものです。
予測しやすい死として、寿命(じゅみょう)があります。寿命とは、生命の命の尽きるときです。人間でいえば、一人一人があと何年生きられられるかは、正確にはわかりません。しかし、日本人であれば、平均寿命がわかります。となると、自分は確率(かくりつ)として、あと何年くらい生きられるかがわかります。また、100歳まで生きられる人は、非常に少なくなっています。ですから、100歳が最大値とすれば、残された人生の時間の最大値が計算できます。
素材のつきるときも、死を意味します。素材とは、あるものが活動をするために必要な、資源、食料、酸素、エネルギーなどです。たとえば、人間でいえば、酸素、食料がなくなるときや、水がなくなるとき、それは死を意味します。
さらに、母体(ぼたい)の死というものが考えられます。あるものが活動の場としている母体、つまり環境としての、海洋、大気、地球、太陽、宇宙などなくなれば、その母体の死が、自分の死を意味しています。
▼2 「私たち」の未来
1 寿命とは
寿命を、さきほど、「生命の命の尽きるとき」といいましたが、もう少しくわしくみていきましょう。寿命とは、そのものの命、あるいはそのものを特徴付けている性質、存在意義(そんざいいき)などがなくなることです。存在意義とは、むつかしいことばですが、存在、つまり「生きている」意味です。生命として活動していても、「生きている」意味がなければ、「生きていない」ということだって、あるかもしれません。なかなかむつかしい問題です。むつかしいので、あまり深入りせずに、ここでは、もともと「生命の命の尽きるとき」としておきましょう。
寿命には、
・内的寿命
・外的寿命
が考えられます。
内的寿命とは、あるものが、自分のなかに、もともともっている寿命のことです。外的寿命とは、外的な要因で、内的寿命があるのに死んでしまうことです。以下で、それを少しくわしみていきましょう。
2 内的寿命
それ自身がもっている寿命を、さまざまな「私たち」でみていきましょう。
まず、最大の「私たち」である「この世」、つまり宇宙の寿命をいみてきましょう。宇宙の未来は、理論的にどうなるかが、予測されています。宇宙の未来は、宇宙にあるものの全体量(総質量といいます)によって、3つの未来が予測されています。どの未来をたどるかは、宇宙にどれだけのものがあるかによって決まっていきます。しかし、宇宙にどれだけのものがわからないので、宇宙の未来を正確きめることができません。
宇宙にたくさんのものがあるとき(質量が多いとき)は、現在の膨張(ぼうちょう)がとまり、やがて収縮(しゅうしゅく)していきます。そして、ビックバンと逆の事件が起こります。そのような事件を、ビッククランチとよんでいます。
宇宙にほどほどのものがあるとき(質量があるつりあをもっているとき)は、宇宙の膨張の勢いがおとろえ、やがて加速することなく、一定のスピードで、ひろがりつづけるという状態になります。
宇宙にものが少ないときは、永遠に現在の状態に近い、膨張がつづきます。
さまざまな「私たち」の寿命について、いそぎ足でみていきましょう。
「この世」より、もう少し小さい、「私たち」である「銀河」の未来はどうでしょう。じつは、銀河がどういう運命をだどるかは、よくわかっていません。不明(ふめい)です。
「太陽」の未来は、よくわかっています。太陽の寿命は、約100億年です。現在、太陽は約50億歳です。ですから、あと50億年、生きつづけることができます。
地球の寿命は、太陽の寿命と一緒です。ですから、あと50億年ほど生きることができます、
地球の生命の全体としての寿命は、不明です。しかし、最大のみつもりとして、地球の寿命と一緒です、つまり最大値として、あと50億年は生き延びることが出来ます。
人類の寿命は、わかりません。人という種(しゅ)の寿命のことです。一般的な種の平均寿命として、2,000万年とか、200万年という説がありますが、たしかなところは、わかりません。たが、人類は、約500万年ほど、その寿命をすでに使っています。あとどれくらい生きられるはわかりません。
個人の寿命は、「平均寿命」−「現在年齢」です。そして最大に見積もっても、100年程度です。
「私たち」が身近になると、寿命が短くなります。悲しいことです。
3 外的寿命
つぎに、外的な要因で死んでしまう外的寿命をみていきましょう。ここでは、人類の寿命に関係するものだけをみていきましょう。
人類が種(しゅ)として死にたえてしまう(滅亡(めつぼう)といいます)要因として、エネルギーのなくなること(枯渇(こかつ)いいます)、食料のなくなること(枯渇)、生態系の破壊、ヒトの生き物として弱くなっていくこと(弱体化といいます)、文明として限界に達すること(疲弊(ひへい)といいます)などが考えられます。これらのどれかひとつでもおこってしまうと、それが原因で、人類は滅亡してしまうかもしれないのです。
まず、エネルギーの枯渇についてです。私たちがエネルギーとして利用しているのは、石炭、ウラン、天然ガス、石油などです。これらは、地球が長い歴史の中で蓄えてきた資源です。それを利用して、人類はエネルギーとしています。このようなエネルギーを、化石エネルギーとよんでいます。地球の資源ですから、ほりつくせば、終わりです。資源は、限りあるものなのです。
ですから、予想される資源の量(埋蔵量(まいぞうりょう)といいます)と現在の使用量がわかれば、その資源が、どれくらいの時間も利用できるかが計算できます。すこし古いデータですが、その数値をみていきましょう。
石炭はあと230年で枯渇、ウランはあと70年で枯渇、天然ガスはあと60年で枯渇、石油はあと50年で枯渇という計算結果がでてきます。いちばんよくつかっている石油があと50年しかもたないとすると、若い人は、老後に石油のない時代を迎えることになります。年配の人でも、自分の子どもや孫は、このエネルギー危機に直面するのです。大変なことがおこると予想できるのです。
つぎに、食料の枯渇についてです。食料の枯渇の原因は、人口増加や農地の減少です。農地の減少としては、耕作地域が、気候変動によって砂漠化したり、工業化によって酸性雨の被害を受けたり、乱開発や過度の農耕・牧畜によって、もはや農耕ができない土地となってしまうことです。
温暖化がすすむと、重要な耕作地である平野が水没して、少なくなるということもおこるかもしれません。
生態系の破壊とは、生態系のどこかが破壊されると、生態系というサイクルをストップさせられたことによって、おもわぬところに、その被害がおよぶかもしれないといいうことです。生態系がじゅうぶん解明されていればいいのですが、生態系の仕組みは、まだわからなかことだらけです。開発などで、他の生物の生息環境を破壊すると、生態系というサイクルの破壊を意味します。
また、人類がつかった化学物質が、環境ホルモンとして、ある生物に異変を起こすことによって、生態系の破壊がおこります。生態系の破壊は、めぐりめぐって、やがて人類にツケがまわってくるかもしれません。
ヒトの弱体化とは、ヒトは、医療の発達によって、昔は死んでしまっていた病気や障害も、現在では、生き延びて、子孫を残すことができます。昔の人は、ほかの生物と同じように、じょうぶに育ったものだけが、子どもを残すことができたのです。しかし、現在では、しょうしょうのことでは死なず、ヒト遺伝子には、かつては、自然淘汰としてなくなっていた弱い遺伝子も、現在では生き延びて、ヒトの遺伝子全体にはまじっています。これを遺伝子の弱体化(じゃくたいか)といいます。
文明や技術の発達により、ヒトの肉体も、弱体化してきています。あごの骨をみても、軟らかいものを食べることが多くなり、あごがだんだん小さくなってきています。最近の日本人も、発育(はついく)はよくなっているのですが、強さ(強靭(きょうじん)さといいます)がなくなってきています。また、交通手段の発達により、ヒトの交流が世界的になり、もし伝染性の強い病気がはやると、いっきに世界中広がっていきます。
疲弊(ひへい)した文明とは、文明はいいことだけをもたらしたのではなく、悪いことももたらしました。戦争の道具として、より強力なものをもとめるあまり、核兵器や細菌兵器、化学兵器(サリン、VGガス)など、使用法をまちがうと、人類全体の死にまでつながるようなものをつくりだしてしまいました。
また、技術力や経済力の差によって、一つの国でも人々の貧富の差を生み、国家間の南北の差などを生みました。また、経済が世界中で強く連携(れんけい)しているため、なにかのきっかけで、世界的な経済破綻(はたん)(経済恐慌(きょうこう)といいます)がおこりやすくなっています。
私たちの現在の生活は、こんな、危ういものの上になりたっているのです。どれかで、外的寿命が尽きると、人類、つまりは、いちばん身近な「私たち」が、死にたえてしまうのです。
▼3 「私」の未来
この講義で、「この世」を「宇宙」と定義しました。「私」、つまり自分自身にとって、「自分の宇宙」も、じつは、「この世」に一つしかありません。全宇宙からすれば、「私」というものは、非常に小さいものですが、「私」にとって、これ以上大切で大きいものはないのです。
たとえば、「この世で一番大きいものは何ですか」とたずねたとき、この講義をずっと読んでこられたひとは、そくざに、「宇宙」とこたえるとおもいます。
しかし、そんな「宇宙」より、じつは大きいものがあるのです。それは、そんな広大な宇宙を思い浮かべることができる「想像力」なのです。
私たちは、そんなすばらしい「想像力」をもつことのできた、「この世」で、わたしたちが知っているなかでは、唯一(ゆいつ)の生きものなのです。
「自分自身のこの世」、つまり「自分」を大切にすること、これが、いちばん重要なこととなります。
自分を大切にするには、周りの人たちも大切にしなければななりません。まわりが幸せになれば、その幸せは、自分にもめっぐてくるはずです。
そして、そこには、希望に満ちた「この世」が生まれるはずです。そんな、「私」の未来を、ぜひ目指してください。
▼5 さいごに
あなたは、何年かのちには、たぶん今の身分とは、変わっているはずです。今の身分、たとえば、学生、会社員、ある職種のある役割という立場は、かわっているはずです。それは、卒業であったり、定年であったり、転職であったりします。ひととして社会に組みこまれている限り、一生同じ立場で過ごすことはできないのです。
でも、そんな変わり目がもし、「やがて現在になる未来」であるのなら、よこそう可能かも知れないのです。もしそうなら、その先の「○年後の自分」(○は自分で数字を入れてください)を、今から見越して、生きていくのことが可能なはずです。
「やがて現在になる未来」として、その区切りを迎えることが、もしできるのであれば、「○年後の自分」は、どうのような自分でありたいかを、「想像」し、それを「理想」として、「夢」として抱(いだ)いて、生きることが可能なはずです。
「やがて現在になる未来」である限り、「現在の年齢」+「○歳」という日は、確実に「現在」となるのです。
そのとき、後悔しているか、あるいは、満足しているか、それは、自分の「心」が判断することでです。
他人は、うまく騙(だま)せても、自分の「心」はけっして騙せないのです。自分の「心」が満足する生きかたとは、自分が「夢」に向かって、いかに努力したかどうかだと思います。それを、「心」は、判断すると思います。「心」は、「夢」が実現したかどうかより、「夢」に向かって、どれだけ努力、あるいは邁進(まいしん)しかたを、しっかり見ているはずです。
このような「夢」は、現在の問題として考えておくべき、私たちの最優先課題かもしれません。この講義がきっかとなり、それが考えられればいいと思います。
これで、Terraの科学(基礎篇)前期の講義を、終了します。ご清聴(せいちょう)ありがとうとございました。
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