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課外授業
今回は、いつもの講義とはちがって、天文学の専門家、坂野正明(さかのまさあき)さんとの対話を、課外(かがい)授業として、掲載(けいさい)します。
坂野さんは、現在、イギリスのレスター大学で天体物理学を研究されています。
前回の講義で、一番遠く(最古)の天体について書いたところ、坂野さんから、まちがいを指摘(してき)されました。前にも「放射能」の使いかたをまちがっていたことを、指摘されたことがあります。今回も、私の講義の内容にたいする、間違いの指摘からメールの交換(こうかん)をはじめ、それにたいして、質問をして、説明を受けていました。
そのうちに、私は、だんだん面白くなってきました。気がつくと、1週間で、13通のメールをやりとりしていました。インターネットを通じたメールのありがたさをおおいに感じました。
メール交換の内容は、最初は、掲示板で紹介しましょう、と坂野さんと話しあっていたのですが、その量が多くなってきたので、課外授業として、1号をまるまるつかって、紹介することにしました。
以下の文章は、交換したメールから、私が編集し、坂野さんの了承(りょうしょう)をえたものです。メール交換は、まだ続くかもしれませんから、また、機会があれば、紹介します。
・一番遠くの天体(訂正)・
間違いが指摘されたのは、前回の講義で、最古の天体を、
「遠くの銀河(Abe11370)として、宇宙誕生から7億8000万年後(赤方偏移6.56)にできたもの」
としました。ここには、間違いが2つありました。それを、まず訂正します。
一つは、Abe11370ではなく、Abell 370と表記しなければなりませんでした。
"11"ではなく"ll"でした。
もう一つは、Abell 370は、遠くの銀河のほうではなく、その銀河を見かけ上、明るくさせた銀河団とよばれるものでした。本当に遠くの銀河は、"HCM
6A"とよばれるものでした。7億8000万年という年代はそのままです。
「"HCM 6A"についてのプレスリリースの日本語版が、以下のサイトにあります。御参考までに。
http://www.naoj.org/Latestnews/200205/UH/j_index.html」
と教えていただきました。また、その天体の画像は、
http://www.ifa.hawaii.edu/~cowie/z6/z6.html
にあります。しかし、予想通り、どれかすらもわからない、微(かす)かな、儚(はかな)いものでした。論文(英文)の図表つきの全文も入手できます。
以上、間違いの訂正でした。
以下から、最新の天文学の話題を交えた、お話しです。
・遠くのものが明るく見える・
同じ明るさならば、遠くのもののほうが、暗く見えます。離れれば、離れるほど、暗くなっていきます。
坂野さんは
「同じ天体"ならば"、近くにある方が明るいのはもちろん確かなんですが、明るいからと言って近いとは全然限りません。元々の明るさが、天体ごとに何桁も違うからです。」
といわれます。
では、なぜ、遠くの"HCM 6A"が、見えたのでしょうか。遠くの見えるということは、明るいということです。それは、重力レンズ効果とよばれるものが、利用できたからです。
アインシュタインは、1916年の一般相対性理論で、重力場で光が曲がるという予測をしました。それを、エディントンらが、日食のときに、太陽の質量で恒星の位置がずれたという観測をし、証明しました。
その延長線ではあるのですが、アインシュタインは、1936年に重力レンズ効果(こうか)について発表しました。重力レンズ効果とは、まえに大きな質量があると、まるで、光学レンズのように、遠くのを天体の光を集めることができます。
坂野さんは、
「Abell 370 は、"HCM 6A"の手前にあります。その Abell 370 の大質量のおかげで、重力レンズ効果が働いて、後ろにあった天体"HCM
6A"からの光が増幅されて地球に届きました。つまり本来の明るさよりもずっと明るく見えたわけです。そのおかげで、今回、距離を決められる程度の精度良い観測ができた、というのが実情です。」
と説明されました。
では、距離をどのようにして決めたかということですが、それは、ドプラー効果というものを利用します。
ドプラー効果とは、移動するものからでてくる電磁波の波長は、移動のスピードによって変化するという現象です。
例としてよくだされるのが、サイレンです。パトカーなどのサイレンが近づいてくるときはサイレンの音は高くなり(波長が短くなり、周波数が大きくなる)、通りすぎたとたん、音が低くなります(波長が長くなり、周波数が小さくなる)。これが、音に対するドプラー効果です。
光に対しても、ドプラー効果は働きます。近づくものからでた光は、波長が短くなり(青色のほうに変わる、これを、青方偏移(せいほうへんい)といいます)、遠ざかるものでは、長くなります(赤色のほうに変わる、これを、赤方偏移(せきほうへんい)といいます)。その偏移のていどを、数値としてあらわしたのが、「赤方偏移6.56」という値です。この数値が大きいほど、速く遠ざかっているということです。
それを、坂野さんは、
「今回、距離の決定は、分光観測によって赤方偏移を決めて、それから、ある宇宙モデルを元に算出したものです。絶対的な距離(○○億光年)は、宇宙モデルによって変わり得ます。しかし、この天体が他のどの天体よりも遠いことだけは(ほぼ)確かです。「赤方偏移がより大きい」天体が「距離がより遠い」ことはほぼ確実で、この天体の赤方偏移が他のどの天体よりも大きかったからです。」
と説明してくださいました。
この速く遠ざかる星ほど、遠くにあるというのは、「1_04 はじまり:万物のはじまり(その1)」で、ハッブルの法則が、「宇宙の膨張」の証拠であると紹介したものです。遠ざかるスピードが速ければ、速いほど、遠くにあるということになります。つまり、「赤方偏移がより大きい」天体ほど、「距離がより遠い」ということになります。そして、現在、最大の赤方偏移は、6.56で、それが、"HCM
6A"という銀河で発見されたのです。
・最古の天体・
最古の天体は、なんでしょうか、とたずねたとこと、
「今のところ、"HCM 6A" が、距離が確定した中で、最も遠い天体」
だそうです。
そして、将来、もっと古いもが見つかるでしょうか、とたずねたところ、
「最古の天体は当然まだ見つかっていないわけで、まだまだ数え切れないほどの天体があると考えるのが自然です。実際、最近の望遠鏡や観測手段の進化によって、今、非常な勢いでどんどん遠くの天体が見つかっています。」
と答えられました。
私は、クェーサーがいちばん古い天体で、ついで古いのが銀河となると思っていたのですが、今回の発見で、最古の天体が、銀河であることになりました。これは、今までの「常識」をくつがえすものではないかと、たずねました。すろと、坂野さんは、
「普通の銀河とクェーサーとの数の比は遠くのものに関しては不明ですが、普通は、普通の銀河の方が圧倒的に多いと考えるのが自然です。」
「遠くの天体として、今までクェーサーばかり見つかっていたのは、単にクェーサーが断然明るいからです。そういう意味で、観測的に非常に大きなバイアスがかかっています。最近になってようやく遠くの銀河も見えるようになってきた、と言うところでしょうか。クェーサーは、銀河のうち中心核巨大ブラックホールを持っていて、かつその中心核が異常に活動的なもの、というのが現在の定説です。ですから、どちらが先か、と言われれば、当然、銀河が先になります。」
と答えられました。
坂野さんは、ここで、重要なことをのべられています。「観測的に非常に大きなバイアスがかかっています」という発言です。
どういうことかといいますと、私たちの知識は、技術の進歩によって格段に増えてきています。しかし、その技術は、自然や宇宙の、つまり「この世」の姿を、あますことなくみているかというと、実はそうではないのです。
肉眼もそうでしたが、装置を使った観測でも、その装置で観測できるのは、その装置の能力の範囲ないのものにすぎないのです。現実の宇宙には、もっと、さまざまな天体があったとしても、その天体が、観測できなければ「見えない」のです。
その観測データは事実ではありますが、偏(かたよ)った(坂野さんは「バイアスがかかっている」と表現されました)ものとなります。ですから、そのような偏り(バイアス)を知っておくべきであるという注意をされたのです。
・銀河の起源
銀河の起源として、いまのところどのような説が有力なのでしょうかとたずねました。それに対して、坂野さんは、
「銀河に限らず、宇宙で最初の"天体"がどうやってできたかには、大雑把に言って2通りの考え方があります。bottom-up
か top-down か。どちらも、物質(主に水素原子)の密度ゆらぎが成長して天体になった、という点では共通しています。
bottom-up の場合、最初に小さな物質の固まりができてそれが成長して星(種族 III と呼ばれます)になった、と考えられます。それら星々が集まってきて銀河や銀河団、さらには宇宙の大規模構造を形成した、と。
一方、top-down は逆で、最初に大規模構造ができ、その中から銀河団のもとができて、さらに銀河、そして星々が生まれていった、とするものです。
この中間も考えられて、大規模構造ができたのは宇宙の初期ゆらぎとかで、あとは星ができて、星々が集まって銀河ができた、とか、あるいは最初に銀河ができて、星が生まれると共に、銀河団も形成されていって、さらに大規模構造に発展していった、などなど。
私自身は、どの説が現在優勢なのかは"知りません"。」
ということでした。
bottom-upとは、小さいものから大きなものができたという説で、top-downというのは、大きいものから小さいものができていったという説のことです。
「1_06 知ること:私たちとは何か」でしめした内容ですが、大きいものとは、坂野さんがいわれる「大規模構造」のことで、「超銀河団の泡状構造」のことです。小さいものとは、小さな鉱物や岩石のようなものから成長した天体(恒星)までのことです。
・再電離について・
しょうしょうむつかしい内容になりますが、「再電離(さいでんり)の時期」とはどういうことでしょうか、とたずねたところ、坂野さんは、
「宇宙は、最初光とバリオン、レプトンのごった煮で、そのうち、バリオン、レプトンが光と分離しました。プラズマになったわけです。宇宙が冷えるに従って、陽子と電子とが結合して水素原子になりました。「宇宙の晴れ上がり」です。この時の光子が今観測される3°K放射です。逆に言えば、3°K放射以外の光子は宇宙にほぼ存在せず、水素原子と光子とは干渉しない時代になったわけです。その後、星や銀河やあるいは(ひょっとしたら)クェーサーができました。これらからの光の中には、紫外線より短い波長をもったものがあって、周りの水素を再び電離させていきました。これが、「再電離」と呼ばれるものです。現在、宇宙の星間物質の水素のほとんどは電離しています。
我々の銀河系の中だけに限れば、星間物質の多くは中性水素原子、または水素分子ですが。もっと大きなスケールで見ると、水素は電離している状態が当たり前、という意味です。
この再電離の時期は、星などが活発に生まれた時期と位置付けられるので、それが実際にいつなのか探ることが宇宙論に関する観測的天文学のひとつの課題になっているようです。」
と教えてくださいました。
少し説明しましょう。
「1_04 はじまり:万物のはじまり」でしめしましたが、ビックバンころのはなしです。
最初の物質としてできたのが、ある種の素粒子で、最終的にはバリオンとよばれる素粒子のなかまから、最小の原子である水素ができます。水素原子は、陽子1個と電子1個からなり、電気的に中性です。水素が2個くっついて、水素分子となったもの、あるいは水素原子が、ビックバン直後の宇宙では、いちばんおおい素材だったのです。
銀河の中では、水素は原子、または分子の状態であるのですが、宇宙全体でみると、陽子と電子に分かれた状態(電離といいます)になっているもののほうが多いのです。
宇宙の形成の直後は、水素原子でした。それが、あるとき電離させられた(これを再電離といいます)ことになります。これは、宇宙全体になんらかの大事件が起こったことになります。
再電離を起こした事件としては、星が、いっせいに、たくさん、つくられたためだとかんがえられています。星が形成されるときに発生する短い波長の電磁波で、水素原子が電離させられます。そのような事件がおこった時期を、「再電離の時期」といっているのです。再電離の時期は、今まで宇宙誕生から8億6000万年後(赤方偏移6.1ていど)と考えられていたのが、この銀河"HCM
6A"の発見で、かわります。この銀河が観測できた、宇宙の中性の水素がなくなっていたからで、つまり再電離がすでにおこっていたことになります。再電離の時期は、銀河形成と同じか、それ以前となってきました。
・坂野さんという人・
失礼ですが、坂野さんや、研究テーマについても、いろいろ聞いてみました。
坂野さんの専門は、「銀河系内天体の高エネルギー活動」だそうです。それが、どのような研究内容か、お尋ねしたところ、
「うーむ、これは難しいですね…。」
ということでした。でも、わかりやすく、簡単に教えてくださいとたずねたところ、
「銀河系内で一番有名な高エネルギー天体は、蟹パルサーのような中性子星と、(ブラックホールや中性子星を含んだ)X線連星系でしょうか。後者の場合なら、周りの物質がブラックホールに引きずりこまれる時に、お互いの摩擦で数千万度とかまで加熱されて、それによってX線が出ます。また超新星爆発が起こった後、吹き飛ばされた物質が周りの星物間質とぶつかってその衝撃で数百万〜数千万度まで加熱されます(X線が出る)。この時、衝撃波加速という現象も起きて、場合によっては
(100)TeV の帯域くらいまでのγ線が出ることがあります。他にも色々な高エネルギー現象が存在します。」
ということです。
ちょっとむつかしかったかもしれませんが、高エネルギー天体とは、尋常(じんじょう)じゃないことがおこっている天体です。そのような天体は、天体や銀河の一生や起源をさぐるのにたいせつな情報を提供してくれます。
激しく活動する天体は、観測技術の進歩によって、近年、いろいろな種類ものが、たくさん見つかるようになりました。でも、まだまだわからないことがたくさんあります。
そして、坂野さん研究の興味は、
「今の私の興味の中心は、我々の銀河の中心部にあります。太陽の100万倍の質量の巨大ブラックホールがあると考えられていて、また、1億度くらいのプラズマが500光年くらいの領域に満ちています(起源不明)。他にもよく分からない不思議な天体や構造が色々あって面白いところです。銀河中心は可視光では全く見えないので(間に星間物質があるために可視光は遮られる)、それを透過してくるX線や電波の活躍しがいがあるところです。」
だそうです。
「γ線やX線や紫外線や遠赤外線は大気によって吸収されてしまって地上には届かないので、大気圏外での観測が基本になります。」
「大気による電磁波の吸収については、例えば以下など。天文学の教科書によく出てくる図です。」
といって、
http://www.shokabo.co.jp/sp_radio/spectrum/radiow/window.htm
を参照するようにいわれました。
坂野さんが、なぜ、そのような研究をされるようになったをたずねたところ、「地上ではあり得ないような極端な現象に惹かれて、こういう研究の方に入りました。」
「私自身は、そもそも起源が不明の高エネルギー現象を探求するのが好きです--- つまり非常に説明しにくい…。」
ということだそうです。
研究の方法は、
「X線観測衛星(のデータ)を使っています。」
「主に使っているデータは、ヨーロッパのX線衛星「XMM-Newton」とアメリカのX線衛星「Chandra」、および日本のX線衛星「あすか」(もう燃え尽きましたが)で得られたものです。たまに他の衛星や波長のデータも合わせて使います。少し前までは、衛星搭載用の観測機器の開発にも携わっていましたが、今現在は、そちらとは少し離れています。」
「現代では、なかでも特に天文衛星を用いた観測は、原則としてプロポーザル制です。自分が観測して欲しい天体があれば、観測提案を出して審査を受けます(一般にかなり難しい)。認められれば、適当な時期に適当な時間観測されて、一定の期間(1年くらい)、データを占有できます。その後、通常、データは一般に公開されます。逆に言えば、1年以上前のデータは基本的にインターネット上で公開されているので、誰でも解析できます。」
「なので、私の研究は、観測提案を行なって得たデータや、データベースから得たデータを、総合して解析して、何かの新しい結果を出す、ということなります。」
と教えてくださいました。
メールの送られてくる時間が、イギリスの現地時間でも不規則なので、天文学者は、夜仕事をするのかとたづねたところ、
「大気圏外での観測なので、地上の昼、夜は全然関係なく、基本的に24時間観測になります。現実には、観測途中に地球が邪魔する時間があったりしますが。なお、地上からの観測でも、電波観測などは、昼でも行なわれていますよ。」
とのことです。
私自身も、博物館に勤務していたとき、まるで、ハリーポッターのように、薄暗く、埃を一杯かぶった、おどろおどろしい標本が収蔵されたへやが奥にあるというイメージをもたれます。実際のそのような面はあるのですが、最近は建物も近代的ですし、標本の管理はされています。ですから、ハリーポッターの世界は、先入観にすぎないのです。というような経験をしていながら、ついつい天文学者にたいして、夜、観測するという先入観をもっていました。
それに、いまや、望遠鏡を覗くより、コンピュータのディスプレイを見ているほうが当たり前なのです。
「今、(研究のレベルでは)光学望遠鏡でも、もう眼視で望遠鏡を覗くことはない時代になっています。というのも、人間の眼よりCCDなどのカメラの方が感度がずっと高いからです。また、人間の眼は何分見ても同じ像しか見えませんが、カメラの場合、露出時間を長くすると、その分、どんどん鮮明な図が得られますし。加えて、もちろんデータ解析の便の問題もあります。」
さらに、
「ハワイにある「すばる」望遠鏡(口径8m)を○○(小出、伏字)が訪ねたことがあります。その時、わざわざそのために、眼視用のレンズを作って取り付けたそうです。8mの望遠鏡に眼視用のレンズがつくなんて前代未聞な話。「俺も見てみたで。8m望遠鏡で眼視した、世界でもひと握りの人間や。」と「すばる」のスタッフだった友人は威張ってました
;-)」
というエピソードを紹介してくれました。
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