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講 義: 2_13 ひと:私たちとは、なにか
掲示板: 基礎篇の終了

 さて、「Terraの科学−Club Geoの冒険− 基礎篇(後期)」の講義も、最終回となりました。後期では、「この世」をいくつかの階層にわけて、「この世」で最大の宇宙から、最小の素粒子まで、じゅんばんにみてきました。そして階層をたどる旅のさいごは、「ひと」です。ひととは、自分ひとりのことではなく、ひとの仲間全部をふくめたものです。いってみれば、「私たちとは、なにか」を知ることです。前期の「1_06 知ること:私たちとは何か」と似た内容ですが、「Terraの科学−Club Geoの冒険− 基礎篇(後期)」の最後に、再度、このテーマにとりくんでいきましょう。


講義

▼1 「ひと」とは
1 「ひと」の定義
 「ひと」とは。これは、「私たちとは、何か」、をたずねることです。つまり、「ひと」を定義することです。
 ものごとを定義するとは、論理的に考え、そのような論理が、つみあげられてつくられる世界です。その代表的なものとして、数学などの世界があります。すべてが、緻密(ちみつ)につくりあげられた、たいへん論理的な世界といえます。
 ところが、日常生活におこるものごとでは、論理や定義などということは、ほとんど気にしていませんし、気にしていては生活ができないかもしれません。それに、ものごとすべてを定義をしようとしても、人それぞれ、考え方などが違うものがあります。いってみれば、きわめて人間的な世界ともいえます。学問の世界でも、そのような人間的なものもあります。たとえば、哲学、心理学、芸術の世界がそうです。
 「ひと」の定義は、どちらでしょうか。じつは、とらえかたによって、論理的な面と、人間的な面の両方があります。
 「ひと」の定義は、ひとによって、考える視点によって、さまざまな考えでおこなうことができます。でも、すべてのひとが納得するような定義はありません。
 「ひと」を小さなとらえかたとしては、「宇宙」の階層のなかの「生物」の中の、一つの「種」にすぎないという考えがあります。いっぽう、「ひと」の大きなとらえかたとして、「宇宙」の階層をふくめて、すべてを考えることのできる存在として、つまり、まるで神様のように「この世」のすべてを頭で考えられる存在として、位置づけることもできます。
 その使いわけは、人それぞれ、状況に応じて、考えていく必要があります。

2 生物学的分類「ヒト」
 「ひと」の定義で、だれものが納得できるようなとらえかたも、じつは、あります。それは、生物学的分類という考え方です。生物学的分類とは、「生物」という階層の「種(しゅ)」という考え方にもとづいてつくられた、ある論理的な体系(たいけい)です。その種の考えや、こまかい分類については、学者のあいだでも論争がありますが、ある論理的体系をもっています。
 「ひと」を生物学的に考えるときは、「ヒト」と書きます。
 ヒトは、生物学上、
霊長目真猿亜目ヒト上科ヒト科
に属(ぞく)し、学名は、
ホモ・サピエンス・サピエンス(Homo sapiens sapiens)
といいます。
 これで「ひと」の生物学的分類による定義は終わりです。この定義のためのくわしい科学的データはあります。でも、それをここでしめしてもしかたありません。無味乾燥(むみかんそう)な定義にみえますが、これはこれで、使いやすいものです。

3 人類学的定義
 生物学的分類による定義は、無味乾燥なので、もう少し、味をくえてみましょう。「ヒト」の人類学的定義をみてみましょう。「ヒト」とは、
・直立二足歩行をする生物
・音声言語の使用をする生物
といえます。しかし、この考え方には、反対をする人類学者もいます。人類学者のあいだでも、人類の定義がきまっているわけではないのです。
 直立二足歩行および言語の使用は、じつは、「ヒト」だけではないのです。「ヒト」のほかにも、鳥類の一部に、このような特徴をもっているものがいます。
 鳥類の多くは、2本足で歩きます。ダチョウのようにヒトより速く走る生き物さえいます。九官鳥(きゅうかんちょう)は、教えればしゃべります。歌も歌います。鳥は思考してないとか、論理的に考えてないとかいうひともいますが、やっていることとしては、ヒトと同じようなことができます。
 このように、ヒトの定義をよりくわしようとすると、なかなか難しい問題となります。「ヒト」の定義は、人類学上の難問の一つとされ、まだ定説はないのです。

▼2 ヒトの歴史
 人間的にヒトを考えることは、非常に面白いテーマですが、この講義の目指すものとはちがっています。ですから、ここでは、無味乾燥な生物学的分類のヒトについてながめていきます。
 生物学的分類のヒトの定義にもとづいて、その歴史をだとるには、化石を探さなければなりません。でも、ヒトの化石はそれほど多くはありません。なぜなら、陸上で生活していたからです。
 ヒトは死ぬと、他の生物に食べられたり、微生物の分解されれ、体はほとんどのこらないからです。そして、陸上では化石になりにくい環境でもあります。
 でも、人類学者の努力によって、少ないながらも化石はみつかり、ヒトの歴史もおぼろげながらわかってきました。
 ヒトには、現在生きている種類(現生種(げんせいしゅ)といいます)として、ヒト(ホモ・サピエンス・サピエンス)1種だけです。でも、ヒトの歴史を考えるときは、絶滅したヒトもふくめて、すべてヒトの仲間として考えていきます。
 ここでは、ヒトの歴史をざーっとながめていきましょう。

1 ヒトの出現
 人類は、東アフリカで、650万から500万年前に、チンパンジーと共通の祖先からうまれたと考えられています。440万年より前の化石は、最近まで見つかってなかっていませんでした。
 とことが、2001年にアフリカのエチオピア、ケニア、チャドの3ヶ所から、700万から600万年前の化石が、あいついで発見されました。これらの化石は、ヒトの直接の祖先(そせん)かどうか、まだ、決まっていません。これから、よいく古いヒトの歴史がわかってくるでしょう。

2 ヒトの進化
 約400万年前から現在に至るまでの間、地球上に生息したヒトの仲間は、ほぼ連続的に姿(形態(けいた)といいます)が変化してきました。
 ヒトの仲間は、時代順に、
猿人(えんじん):アウストラロピテクス:500万年〜150万年前
原人(げんじん):ピテカントロプス・シナントロプス:180万年〜25万年前
旧人(きゅうじん):ネアンデルタール:40万年前〜3万年前
新人(しんじん):ホモ・サピエンス(クロマニオン):10万年前?〜現在
にわけられています。
 それぞれ、ヒトの祖先のグループを代表する種を書いてあります。彼らのほとんどは、狩猟(しゅりょう)や採集(さいしゅう)の生活をしていました。旧石器文化というべきものでした。
 そして、さいごの新人が、私たち現代人がぞくするグループです。

3 脳容積の変化
 ヒトにとって、脳(のう)は、ほかの種と区別するために重要なものとなります。その脳の大きさ(体積(たいせき)あるいは容積(ようせき)といいます)は、猿人から原人へと増えつづけてきました。
 最近の地球の気候は、氷河期という非常に寒い時期と、そのあいだの暖かい時期にあたる間氷期がくりかえしおとずれています。さいごの間氷期の約10万年前のリス/ウルム間氷期に、ヒトの脳の容積がいちばん大きくなりました。それ以後、今日まで脳の大きさは、変化していません。
 現代人と変わらない大きな脳をもつ、リス/ウルム間氷期と、それに続くウルム氷期のはじめに生きていたヒトの仲間には、ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシスという学名を持つ種がいます。ネアンデルタール人とよばれるている種です。
 ネアンデルタール人は、現代人とともにホモ・サピエンスに分類されています。しかし、種より下の分類(亜種(あしゅ)とよばれます)では、区別されています。
 ホモ・サピエンス・サピエンス(現代人)とホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)の二つの亜種は、ヒトの進化でみると、旧人と新人になります。

4 新人:わたしたち
 新人は、今から約3万年前(ウルム第1亜間氷期(あかんぴょうき)とよばれる時期)にあわられ、今日にいたるまでの、すべての人類をふくんでいます。
 いろいろな新人の化石は見つかっていますが、新人(ホモ・サピエンス・サピエンス)として、生物学上の進化はすることなく、文化を変化させてきました。
 そして、ヒトは、あるころから、道具を使い、文明をおこし、科学を知り、技術を利用するようになりました。もっとも不思議なことは、ヒトの歴史、地球や自然など、自分自身をふくむものごとについても、考えるようになったことです。
 そして、自分たち自身、生命全体、地球、宇宙の「この世」のありとあらゆるものについて、その考え(思考(しこう)するといいます)、知識をたくわえ、智恵(ちえ)をもち、未来についても考えをおよぼそうとしているのです。ホモ・サピエンスとは、「かしこいヒト」という意味です。この名前にはじないように、未来をきずかねばなりません。

▼3 講義「基礎篇」の最後に:「ひと」とは
 「ヒト」については、あるていどわかってきました。しかし、「ひと」については、わからないことだらけです。「ひと」については、ひとそれぞれに考えがあるはずです。もしよろしければ、その考えをメールでいただけれはありがたいです。
 さて、1年目後期の講義も、これで最後となりました。ご静聴ありがとうございました。

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掲示板: 
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・基礎篇の終了・
 これで、長い1年間の講義が終わりました。このメールマガジンがスタートしたころは、購読してくださったかたは3070名で、現在のまだ、2500名の方々が購読されています。購読ありがとうございました。そして、購読者の方々と交わした300通ほどのメールが、この講義の重要な支えとなりました。すべての方々にお礼を申し上げます。
 さて、来週から2年目の講義で、応用篇がスタートします。現実の大学の講義もスタートしました。私は、現在、大学での講義を週7講おこなっています。昨年度1年間は、週4講しかありませんでした。今年から、かなり増えて、大変ですが、どうなりますことやら。
 それに加えて、週刊メールマガジンを3本、月刊メールマガジンを1本連載しています。これらのメールマガジンは、まったくのボランティアで活動しています。でも、それぞれのメールマガジンは特色があって、楽しみながらおこなっていました。
 現実の私には、限られた時間時間しかありません。ですから、あと1年間、この講義は続けますが、不行き届きな部分が、この1年間は、多くなるかもしれませんが、ご容赦くだいさい。
 前にもお話したかと思いますが、4つのメールマガジンのうち、この「Terraの科学−Club Geoの冒険−」いちばん苦労して、作成しています。それは、講義であるからです。さらに、自分自身が、いま、いちばん興味をもっておこなっている専門として勉強しつつ分野を加味しているからでもあります。
 この講義は、だれも試みてないような切り口で、講義を進めていると自負しています。たぶん、世界中さがしても、こんな「変な講義」は、どこにもないと思います。でも、購読者からいただいたメールや、大学生の反応をみるかぎり、少なくとも一部のひとには、興味をもって、受け入れていだけているようです。
 最後になりましたが、この講義は、メールマガジンおよび大学の受講者のおかげで、ここまで続けてこれました。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします。
 では、来週、効用篇で、お会いしましょう。


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